――2021年に博展の子会社となり、生島氏が社長に就任しました。当時のようすは
ニチナンはもともと大阪の地場で長くやってきた会社であり、博展にとって関西エリアの重要な協力会社だったのですが、当時は正直「ニチナン」というブランド力や立ち位置をよく分かっていませんでした。周りからは「クオリティが高い」という評判を聞くのですが、私の目線では、博展の制作チームと比べて技術が飛び抜けているわけではないと感じることもあったんです。東京にはニチナンと同等か、それ以上の会社がたくさんあると。
しかし実際に中に入ってみるとニチナンには独特の強さがあって、現場での対応力・生産性などが高いんですよね。ニチナンの社員は、ものづくりの経験値がかなり高い。ただ、博展の現場管理(PM)の仕組みはなかったりするので、そのあたりのすり合わせが課題でした。現在はニチナンの「第二章」に向けた成長のために、強みを生かしながら体制を整えているところです。
――生島社長と前社長との間でやり取りはありましたか
子会社化にあたり、さまざまなかたちが検討されましたが、最終的にはニチナンのブランドを残すことになりました。ニチナンには既存の取引先も多く、博展に一本化することで逆に仕事が減る可能性があったり、まだニチナンを必要としてくれる顧客がいたからです。
前社長の杉本さんは、社員を大事にする姿勢をずっと貫いてこられた方で、博展が社員を一番大事に扱ってくれそうというのが、博展グループを選んだ理由のひとつだったと聞いています。調印式の際も杉本さんご本人から「社員のやる気やモチベーションをきちんと引き継いでほしい」と言われましたし、私自身も博展側から送り出される際に「社員を大事に」ということだけは言われていました。
――博展とニチナンの具体的な連携や工夫は
一番大きいのは、大阪や名古屋など、東京以外の現場は基本的にニチナンが請け負う流れをつくったことです。博展にとっても、大阪や名古屋の現場に自社PMを長期間出張させるのは負担が大きい。そこで、ニチナンが現地で現場管理や制作を進められるよう、フォーマットを博展仕様に合わせて整備したり、PM業務の育成を行ったりしてきました。最初は大変でしたが、現場を納品するうちにだんだんうまく回り始めたと思います。
生産効率の高さではニチナンが博展の制作ユニットより優れている部分がありますし、逆に現場の場数やPMのノウハウは博展が豊富に持っている。だからお互いの得意分野をうまく生かすかたちで仕事ができるようになってきました。
――売上構成のうち博展案件の比率が高まっていることについてどのように捉えていますか
今では50%くらいになっていますが、完全に博展100%にはならないと思います。博展の案件はやはり東京中心で、大阪・名古屋のマーケットはそこまで拡大していません。ニチナンが大阪に根付いているからこそ受注できる、博展では獲得できない仕事もあります。営業利益率も悪くなく、博展にはリーチできない顧客をカバーできているので、当面はこの体制を続ける方針です。
一方で、ニチナンだけでは対応しきれない大型案件や企画提案力が必要なコンペなどは、博展と連携することで勝率を高められるのが強みです。両方の強みを生かし合うことで最終的にはグループ全体の価値が上がるだろうと考えています。
――今後取り組みたいことは
博展の共創拠点である「T-BASE」の大阪版をつくりたいという構想はあります。パートナーやクリエイターと一緒にアイデアを出し合ってものづくりする場が大阪にも必要だと感じています。