
前段の話
今回から始まる連載では、展示会業界の「組織の在り方」についてお伝えしたい。
とは言え、当社は社員10人にも満たない、業界の中でもかなり小規模の会社だ。社員数数百名を超える大会社も多いこの業界において、また、多くの諸先輩方もいる中で、小さな企業の代表がお伝えできることは、ほんの一端のことだけかもしれない。しかし、今回はテーマを「デザイナー」とすることで、展示会業界の「組織」について私なりにお伝えできることを書いていこうと思う。
展示会業界で活躍する多くのデザイナーの方々にとって、そしてデザイナーと共に業務を進める人々にとって何らかの行動のヒントになることを伝えられれば、と願う。
初回である今回は、少々自社のこと、私自身のことについてお話することをご容赦いただきたい。勤めていたゼネコンを退職し、建築設計を行う私が起業したのは2005年で、当時は自宅の一室を事務所として登記し、何の実績もないところから始まった。ゼネコンに勤めていた時には営業担当が仕事を取ってきてくれていた。しかし、独立した以上、自分で仕事を獲得しなければならない。そこで、さまざまな交流会に出て色々な人に会い、人とのつながりを作るようにした。また一方で飛び込み営業をしたり、雑誌に広告を出したり、営業代行にお願いをしてみたこともあった。しかし、大会社でもなく有名企業でもない、ましてや実績のない小さなデザイン事務所に対して、仕事を依頼してくれることはほとんどなく、結果的に消費者金融に借金をしなければいけないほどの苦境に立たされることになった。当時は経営に対する知識もほとんどなく、我ながら情けない有様だ。それが、あるきっかけにより「展示会ブースデザイン」に特化することで、変化することとなる。
特化する。そう決めてから、自身のHPを展示会の情報に絞り、1か月に1万通ほどのDMを出した。飛び込み営業や電話営業が苦手な私は、まず「どうしたら出展者側からこちらに連絡がくるようになるのか」を考えた。結果、HPには出展者が知りたくなるようなノウハウを記載し、DMは透明封筒に実績写真と集客ノウハウを入れ「開けたくなる」ような体裁にして、自身で調べた出展者の宛先に、メール便として送り続けた。1万通も送れば、2・3件の問い合わせには結びつくもので、たった2件でも当時生きていくにはなんとかなる数字でもあった。少しの実績を作り、それをDMとHPで紹介し、それをきっかけに新たな仕事を得ることを繰り返して、徐々に実績を作り上げる。これらによって、ようやくなんとか生きていけるようになる。概ね、これが起業してから7年間くらいの流れになる。
展示会ブースデザインの業務に携わるようになった当初、ある出展者のことが今でも強く心に残っている。ある地方のインテリア素材系の企業から自身の技術を展示会に出したい、と依頼が来た。HPに掲載していた小さな実績を見ていただいたことと、私がインテリアデザインを行っていたことが理由だった。自身の実績を作ることができる、と息巻いた私は真剣にデザインを考え、雑誌に載せられるようなデザインのブースを作り上げた。しかし、展示会の最終日、出展者の方は少し寂しそうな顔で「ブースのデザインが良いって色々な方に言われました」という言葉と共に展示会場を後にされる。この言葉の意味がお分かりだろうか。つまり、デザインは良いと言われたが、出展した結果は出なかった、という意味である。もちろん、それ以降、この企業から仕事を依頼されることはなかった。
この時初めて、展示会のデザインは「結果」を出してこそ顧客満足が生まれ、次の依頼につながるものだ、ということを痛感した。客のためにしているつもりが、実際にはただの独りよがりで自身の作品しか作っていなかった。このことがとても恥ずかしく、そんな仕事を提供してしまったことに対して、出展者に対して心底申し訳ない後悔だけが残った。
このことがあってから、出展者が望んでいるものは何なのか、どうすれば来場者が集まり、どうすれば展示会最終日、出展者に喜んでもらえるのか、徹底して考えるようにした。
企業が生きていくことは簡単なことではない。ましてや成長をさせていくことはとても難しいことだ。そこにはさまざまな障害があり、時に社会的な環境が、しかし多くの場合、自社の内部や自分自身にその原因は存在する。
展示会の業務、もちろんそれに限ったことではないが、仕事の依頼主が、依頼をしてよかったと「満足してくださること」が、次の依頼へとつながり、その積み重ねがひいては自社に利益と成長をもたらす。
本連載では、その「満足してくださる」ことがどんなことなのか、そのためにはどこを見つめ、どう在らねばいけないのか、私自身の経験を踏まえながら、デザイナーという職種を中心にお伝えしていきたい。
「成功」の意味を考える
展示会が事業として成功するためには「出展者の満足度」が最も重要な指標となる。
このことは、展示会業界に関わる多くの方が賛同してくれることではないだろうか。一般的に展示会開催後の報告資料では来場者数のみがフォーカスされがちであるため、来場者数が展示会の成功指標と捉えられやすいが、それは出展者向けの報告資料に過ぎない。
本当の意味での「展示会の成功」とは、多くの出展者と来場者で会場がにぎわうことだけでなく、ほとんどの出展者が望んでいる「結果」を獲得でき、開催後に「出展してよかった。次回も参加したい」と思っていただくこと、と言える。さらにその上で、展示会自体の収支もよく、主催者企業だけでなく関係するさまざまな企業が損をしない。このような状況になって初めて「その展示会は成功した」と言えるだろう。どれだけ出展者が多くても、会場に来場者が多く訪れても、出展者にとって不満足と感じることが多くなるようでは、次回から出展を見合わせるところが多くなり、やがてその展示会は衰退へと向かってしまう。
出展者の満足度を高めるために、展示会主催者によって来場者誘致の工夫や、会場構成の工夫、広報支援、事前セミナーの開催などさまざまな施策がなされている。特に来場者の数は満足度に大きな影響を及ぼすし、また会場構成についても、うまく構成しなければ「立地が悪かったから来場者が寄って来なかった」というありがちな不満へとすぐに変換されてしまう。そうならないように、主催者は、さまざまな施策で満足度を高めようとしている。
しかし、出展者の満足度を高めるという施策について、本当に主催者による努力だけでよいのだろうか、という疑問をいつも感じている。主催者の方々が行う施策だけで本当の意味での満足度100%を獲得できるのだろうか。
会場全体が来場者でにぎわっていても、出展者一社一社が本当の意味で成功しているのか。この点についてはなかなかに把握できるすべがない。個々の出展者については、それぞれのブースを受け持つ設営会社や代理店が担当することになるので、主催者としてはそこまで個々の状況を追うことができないのが実際のところだ。しかし、だからこそ「展示会自体の成功」に極めて重要な因子である、この「個々の出展者の成功」についてはブラックボックス化しているという側面があるのではないか。多少比喩が過ぎるところがあるものの、このことは想像以上に重要な視点だと思える。
つまり、それぞれの展示会の発展、成長は、主催者による「全体的な施策による展示会の成功」と、個々のブースをつくる設営会社・代理店が作り上げるブースによる「個々の出展者の成功」、そしてそれらによって得られる「高い出展満足度」が積み重なって初めて実現することができる、と言えるのではないだろうか。
では、上記のように全ての出展者が出展に成功し、高い満足度を感じていただくために、展示会業界はどのようにあるべきなのだろうか。そこで、重要となってくるのが個々のブースのデザインを検討する「デザイナーの在り方」なのだと感じている。
展示会の真の成功は、デザイナーの在り方に掛かっている、と言ってもいい。会場構成を行うのもそもそもはデザイナーの業務範囲のはずだ。
展示会業界において、デザイナーはどうあるべきなのか。
ここからが、今回の連載の本題となる。次回からこの「展示会をデザインするデザイナー」について、さまざまな視点から、お伝えしてみよう。あくまでも私自身の経験からお伝えする一意見にしか過ぎないが、今後のデザイナーの在り方を考えるヒントになってくれればいい、と思う。
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