
デザイナーの「能力」
今回は、展示会デザイナーが持つべき「能力」について考えていきたい。
空間デザイン、という業務は三次元であるがゆえに難解だ。慣れていない人は図面だけで三次元をイメージすることは難しい。だからこそ、空間デザイナーにしか作り上げることができない専門領域となる。故に、そのような空間づくりを成功させるためには、やはりデザイナーが中心となる必要がある、と言える。
〇 比較的簡単な「図面を描く」能力
では、展示会デザイナーには具体的にどんな能力が必要なのだろうか。一般的に展示会業界においてデザイン担当者の業務は、図面を描き、CGをつくること、とされている。その他、客先へのプレゼン、各種打合せの対応、といったところだろうか。かつて建築設計を行っていた立場から展示会業界の図面を見ると、驚くほど簡単だ。図面というより「指示図」で、建築図面の基礎レベルと言っていい。
展示会ブースを設計する際に描く図面の種類には平面図、立面図、断面図が主になる。簡単なディテールは描くことがあっても、平面詳細図や矩計図を描くことはほぼない。通り芯など、ブースの設計作業をするようになってから全く描かなくなってしまった。それでも十分に製作担当には伝わる。だから、図面を描く能力、という点だけで言えば、建築学科を卒業していない完全な素人が始めたとしても数か月程度で描けるようになることだろう。
問題は、冒頭に述べた「図面を見て立体(三次元)を把握する能力」だが、これは図面を描く経験を積んでいけば、数年も経てば自然に把握できるようになるだろう。
このことから、展示会のデザイン担当者はまず図面を描く技術を習得すると同時にこの「立体をイメージできる能力」を鍛えることが大事、だと言える。
〇 「成功させる能力」とは?
しかし、展示会デザイナーに必要な能力は単に図面を描き上げることだけではない。
先にも述べた通り、展示会において最も重要なことは出展者が成功することとなる。そのためにブースデザインは戦略的である必要があり、出展者に対して、様々な視点からアドバイスできることが重要となる。つまり、展示会のデザイン担当者に必要なものは出展者を「成功させる能力」なのだ。
では、その「成功させる能力」とは何だろうか。
ここで、少々私自身の失敗談を添えておく。私も展示会ブースに特化した初期の頃は、ただブースをデザインするのみだった。しかし、実際に現場で自身がデザインしたブースを観察していると、想定したような結果が出ないことを思い知らされた。何が悪いのか、何が足らないのか、それを観察していくと、あることに気が付く。
遠くから見てみると、一体何のブースかが分からない。つまり、説明などの言葉が足らない。このことから、キャッチコピーの大切さを思い知った。また、その後も観察していると、さらに課題点に気が付いた。スタッフの立ち方・待ち方が、自身が考えた戦略を完全に変えてしまっている。だから、来場者が寄って来ない。このことから、ブースデザインは、スタッフの接客方法、待機方法を合わせて考えなければいけないことに気が付いた。また、ある時、それでも結果が出ないことが続いた。これも同じように観察していて気が付く。商品の陳列方法がずさんであるため、来場者が見向きもしない。これによって、陳列方法を考え、アドバイスすることを覚えた。
このように「成功させる」ことを考えた場合、デザイナーには図面を描くだけでは足らないものがたくさんある。ここに記載したもの以外にも、文章能力、グラフィックデザイン能力なども大切だ。さらに、それらを伝えるプレゼンテーション能力をももつことが望ましい。
これらのことを聞くと、多くのデザイナーは気が遠くなってしまうように感じてしまうことだろう。「自分には無理だ」、と。
しかし、本気で出展者を成功させようとすると、現実的に必要な能力だ。それぞれが秀逸なレベルでなくてもいい。全体がバランスよくできることが、そしてそれができるだけレベルが高いことが望ましい。
これらの能力を考えた時、展示会のデザイナーは、そしてプロジェクトを率いるデザイナーは、経験値の浅いデザイナーではなく、アート的なデザイン能力の高いデザイナーでもない、集客に関する様々な経験を経てきたベテランデザイナーであることが求められる、ということがお分かりいただけることだろう。
つまり、展示会デザインとは本来「熟練型デザイン」ということができる。
デザイナーの「成長」
〇 デザイナーがさまざまな能力を持つべき理由
このように書くと「キャッチコピーなど、それらのことは外部の専門家に頼めば良いではないか」と考える方もいらっしゃることだろう。しかし、この考え方には基本的に反対だ。その理由は主に3つある。
1つ目は、予算の問題だ。外部に頼むとそれだけで多額の外注費を必要とする。内部の別部署であっても人件費はかさむことだろう。巨大なプロジェクトだったらそれぞれの専門家でチームをつくる、という可能性が考えられる。しかし、展示会ブースのほとんどは、そのような巨大な予算を有するプロジェクトではない。
2つ目は、必要とするそれぞれの能力について、実際には「その筋の専門家」に頼むほどのことではない。あるいは頼んでも上手くいかない、という点だ。実際に私はキャッチコピーや陳列、接客の指導などを行っているが、これらには「展示会ブース独自の考え方」があると感じている。日頃作業をし、その在り方を突き詰めていくと展示会ならではの考え方があることに気が付く。
例えばキャッチコピーの考案をコピーライターに依頼しても、展示会の経験値がなければ、おそらく上手くいかない。集客を考えた場合、展示会のコピーにはその内容だけでなく、表記方法にもコツを必要とする。商品陳列について、VMD専門家に頼んでも大抵の場合上手くいかない。展示会の陳列は、展示会ならではの特徴があるからだ。実際に、これまで出展者がこれらのことを外部に依頼している事例を多く見てきたが、集客的にうまくいっている例を見たことがない。
1つひとつの言葉を聞くと、あまりにも専門的で習得不可能な項目に感じるだろうが、展示会ブースに特化した部分だけで考えれば、実は思っているほど複雑ではないのだ。
そして理由の3つ目は、プロジェクトを牽引し、出展者を成功させる立場にある者は、常に出展者に対してアドバイスを与えられる存在でなければならない。だからこそ、出展者からどのような質問が来ても、「それはですね……」と瞬間的に的確な返答ができる必要がある。そのためにもそれぞれの専門知識を外部に頼るのではなく、自分自身で理解し、使いこなせるようにしていることが大切だ。
〇 デザイナーの3つの成長段階
では、このような総合的な「出展者を成功させる能力」を持つデザイナーをどのように育て上げれば良いのだろうか。
私は、デザイナーを3つの「成長段階」に分けるとよいのでは、と考えている。
まず、新入社員時は、基本的な技術として、図面を描き上げ、立体を把握する能力を習得する段階だ。この段階では、会社に籠ってひたすら図面を描き、CGを作り上げることを繰り返すこととなる。先にも述べた通り、展示会の図面は建築・インテリアに比べるとかなり簡単だ。だからこそ、図面の勉強をしてこなかった人にでも意思次第で踏み込める領域と言える。
この基礎技術ができ上がると、次は「現場観察と思考」の段階だ。自身で考えたデザインが実際にどうだったのか。展示会の会期が始まってから、必ず現場で観察する時間を設ける。そして、最終日の撤去前にも会場へ赴き、出展者と会話し、その反応を確認する。デザイナーの成長段階において、この「現場で観察すること」は極めて大事な行動だ。
私も、かつては自身でデザインしたブースを、会期が始まってから2~3時間観察し続けた。そして、製本した図面に、気が付いた点を書き込み、改善点を書きとどめておいた。これが、後に出展者にアドバイスを行う基盤となっている。
現場での観察と試行を繰り返すと、数年もすれば、展示会場内のブースを見た瞬間に「何が足らないか」が見えてくるようになる。この段階になると、出展者にさまざまなアドバイスを言えるようになる。これが成長の第3段階であり、プロジェクトを牽引できる「ベテランデザイナー」となる。
前回、展示会業界のデザイン業務は、その質が故に「息切れをしやすいデザイン業務」であることを述べた。そして、仕事の意義も目標も見つけられないデザイナーはいずれ息切れして会社を去ることを選んでしまう。
このことを回避する意味でも「デザイナーの将来像と道筋」は明確に定め、明示しておくことが必要だ。そして、それは会社の、経営者の責任として、体制として作り上げる必要がある。
デザイナーが実質的な主導となり、出展者の「成功」を実現するプロジェクトチームができ上がると、出展者(=クライアント)の満足度も上がり、結果的にも会社をプラスの方向へと導いていくことだろう。そのためにも「デザイナー」は「成功させる能力」をもった存在であってほしい。それが展示会業界のデザイナーのあるべき姿ではないだろうか。
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