[座談会]テールゲートリフター特別教育義務化から現場の安全を再考する

テールゲートリフター(TGL)とは、トラックの荷台の後部に取り付けられる昇降装置である。作業効率向上と作業者の負担軽減を目的とし、物流現場やイベントの設営・撤去現場の荷役作業で重要な役割を果たしている。しかし一方で、TGLを扱う中での労働災害の発生が後を絶たない。例えば、作業者や荷物の転倒・転落事故、荷物の下敷きになるような事故、昇降板との間にはさまれる事故などが挙げられる。そのような中で、今年2月1日からTGL操作者に対する特別教育が義務化された。各事業者は対応に追われながらも、現場の安全について改めて理解を深めたり、安全基準を見直すきっかけにもなっている。本座談会では、TGLの扱いに詳しい方々にご参集いただき、現状把握とイベント・展示会業界の現場の安全をテーマに語ってもらった。(取材・文/木下 慧輔)

出演者

シミズオクト 経営資源管理本部 安全指導室 部長 柿㟢 伸一 氏

ユニティー 取締役 営業本部長 奥野 豪 氏

パワーアップ 事業推進部 部長 秋田 正志 氏

昭栄美術 第2製作部 レンタル課 輸送課 課長 髙ノ 芳久 氏

UCP 執行役員 村田 隆 氏

 

 

明確なルールの必要性

――テールゲートリフター(TGL)の特別教育義務化にともない、それぞれどのように対応していますか

<strong>シミズオクト</strong><br><strong>柿㟢氏</strong>
シミズオクト
柿㟢氏

当社グループの従業員数は1500人以上で、そのうち556人が受講を終えています。一度受講した人は社内に戻り、学科講習を行えるので、本来であればネズミ算的に講師が増えていくのですが、社内ルールから外れた内容を伝えてしまうリスクもあるため、講師資格には特別な認定が必要とする新しい社内ルールを設けています。なので、現在認定された講師は11人に限られています。

 

ところで、イベントやコンサートも含め、いわゆる裏方と呼ばれる分野は、従来、日本標準産業分類で「その他」扱いだったのですが、4月1日から「舞台技術サービス業」に位置付けられました。われわれは、舞台技術サービス業界とも呼べるわけですが、変わったばかりでルールもまだ確立されていない。そのようなときに、TGLのルールはどの業界が主体になるかというと、現状は運送業になるでしょう。かといって、われわれが運ぶものはキャスターが付いていたり、映像・音響・照明機材であったり、装飾部材であったり。運送業界から見るとイレギュラーな荷物ばかりです。すなわち今は、企業や業界間でルールや認識が食い違っているような、混乱を招きやすい状況といえるでしょう。

<strong>ユニティー<br>奥野氏</strong>
ユニティー
奥野氏

TGL特別教育用テキストは、明らかにコンビニやスーパーなどに1人で納品するパターンが想定されています。われわれは荷の積み下ろしを1人で行うケースは少ないので、普段の業務にそぐわない部分が出てきてしまう。

 

また、接触防止の点が議論になることが多いですが、労働局に「荷下ろしの際、安全な場所であっても、人が荷を支えるケースはダメですよね」と電話で確認したら「“安全ならば”支えて良いと思いますよ」という答えが返ってきました。つまり、仮に事故が起きれば、それは“安全ではなかった”作業となるわけです。国が定めるルール自体が曖昧な中で、社内ルールを規定しなければならないのです。

 

将来的には、まず荷物が動かないようにキャスターストッパーを使用することは当然として、キャスターロックやゴムの棒などで、荷物を固定して、人が支えなくても良いような状況になっていくのではないかと考えていますが、何年かかるのか、というのが正直な気持ちです。

<strong>パワーアップ<br>秋田氏</strong>
パワーアップ
秋田氏

現場によって扱う荷物の大きさも重さも違います。そのため、人が支えなくても問題がない荷物もあると思いますが、例えば荷物が大きかったり重かったりすることで、TGL上で車輪が動いてしまうような場合など、現実は支えた方が安全なケースが圧倒的に多いですね。当社も関係各所に確認を取っていますが、おおむね「法律が基本ですが、各企業によって業務内容も異なるので、安全を守りながら作業してください」というような返答です。

 

ですから、単に教科書どおりに教えるだけでは現場に疑問が多く生じてしまいます。これまで当社では、今回の特別教育よりも厳しい安全規則を設け、TGLの作業に関する社内資格制度を導入していました。そのため、今回の法律改正の内容を、既存の社内ルールに取り入れるかたちで対応しています。

<strong>昭栄美術<br>髙ノ氏</strong>
昭栄美術
髙ノ氏

TGL特別教育の義務化という話になったときに「昇降中のTGLに触ってはいけない」「荷を支えてはいけない」「物がはみ出してはいけない」といったルールがあって、それならば荷物が落ちてしまっても構わないのか?といった議論になってしまうのは当然です。陸上貨物運送事業労働災害防止協会(陸災防)に問い合わせても、皆さんと同様の返答しか得られませんでした。ですが、それでははっきり言って、作業者が特別教育を受けたか、受けていないかの違いでしかなく、これまで社内で決めた安全基準を見直すまでには至りません。当社は元請けの立場で業務を進めることもあり、そのようなときに協力会社の皆さんに混乱を招いてしまうだけなのでは、と危惧しています。

<strong>UCP<br>村田氏</strong>
UCP
村田氏

現状は試行錯誤している段階といえます。荷物のサイズやトラックの性能といった具体的な要素だけでなく、状況に応じて対応を考えなければならない。ルールを設定しようにも法的な解釈が曖昧なため、どのように進めれば良いか迷っている時期だと思っています。

 

将来的には、業界で明確なルールとして定められれば、私たちもそれに従って、全ての関係者に適切に伝えることができるでしょう。当社も社員全員には必要な研修を受けさせていますが、研修を受けていないアルバイトスタッフと一緒に現場で作業する際には、正確な情報を伝えづらいと感じています。

<strong>柿㟢氏</strong>
柿㟢氏

当社の仕事はコンサートやイベントが多いのですが、アルバイトスタッフがいないと成り立たない現場です。ですが、基本的にアルバイトスタッフはTGL特別教育を受けていないため、ルール上、TGLに一歩でも入ってはいけないのです。経験豊富なスタッフばかりではありませんから、想定しない事故が起きてしまう可能性も高い。それゆえ「“安全ならば”作業しても良い」という状況にも当てはまりません。

 

――他社と安全ルールや情報を共有する機会はありますか

<strong>秋田氏</strong>
秋田氏

今回の法改正にあたって、同業他社や取引先と話をする機会を設けて、いろいろな情報共有を行いましたが、はじめは考え方がかなりバラバラだと感じていました。しかしながら、基本的には同じ業界で一緒に仕事をする関係なので、互いに話を進めていくと、見解は似てくるものです。なので、われわれ同士で大きく考え方が異なることはあまりないと考えています。

 

また、当社が所属しているイベント・展示会安全施工推進会(ESP)では、今回の法改正以前から、TGLの作業については各社の社内講習を受けた者でないと触れないという独自のルールを設けていたので、今回の義務化の背景や意義については納得できるものがあります。われわれの仕事は、業界内でのプロジェクトの最終工程、つまり現場での施工や撤去です。この仕事には多数のスタッフが必要で、アルバイトスタッフであっても初日から現場で一緒に仕事をすることが日常です。そのため、私たち自身で安全管理に取り組む必要があります。安全意識は外部から強いられるものではなく、自ら高めていくものであると考えています。

<strong>奥野氏</strong>
奥野氏

当社の場合は、取引関係のある運送会社を交えて新しいルールを決めています。中には実際にTGLで事故を起こしてしまった運送会社の方とも話す機会もありました。現場や会社によって運ぶものが異なるため、当然細かいルールも異なります。ときにはTGLの操作は当社にやってほしいと要望されることもあります。地道に、各社ごとに協力しながらルールづくりを行っていくことが重要だと考えています。

 

また展示会は、何十社もの企業がひとつの空間で作業する特性上、ある意味、お互いに監視し合っている状況であるともいえます。ですので、ルールの浸透速度という点では前向きに捉えています。

労働安全衛生規則等の一部改正内容(テールゲートリフターを使用して荷を積み卸す作業への特別教育の義務化について)

 

事故が起きた時の責任

――義務化ということは違反するとペナルティが発生するものと認識していますが、それ自体が抑止力になることはありますか

<strong>柿㟢氏</strong>
柿㟢氏

労働安全衛生法(安衛法)には「TGL特別教育を受けなかった場合、作業者を雇用している事業主が6か月以下の懲役または50万円以下の罰金」という罰則規定はあります。つまり、作業者が所属する企業が守らなくてはなりません。加えて、特別教育を受けた記録を3年間保存する義務もあり、破った場合は50万円以下の罰金を科すというルールもあります。

 

ただ、その対象となる規則内には「但し、労働者に危険を及ぼす恐れのない場合はこの限りではない」という但し書きがあり、規制の厳格さを損ねているのではないかと考えます。

<strong>奥野氏</strong>
奥野氏

私はあえて懲役や罰金のことを強調して、社員に対しかなり厳しく接しています。事業者としての責任を負うことになりかねないよ、と。そこまでしないと、前日に面接して翌日に現場に入るような新しいアルバイトスタッフが、何も知らずにTGLに乗ってしまうこともあるわけです。TGLに関する知識を持たずに作業する危険を回避するためには、あるいは何も知らない人の安全を守るためには、緊張感を持たせる必要があると私は考えています。

 

――例えば、自社でトラックを保有していない場合でも、TGL操作を求められたら対応しますか

<strong>奥野氏</strong>
奥野氏

これまでも、ある程度経験のある人間が対応することが多かったです。私自身の経験ですが、大きな現場で2トン車が20台くらいあると、荷下ろしだけで相当な時間がかかってしまう。車をすぐに入れ替えるために手分けして、私がTGLを操作することもありました。そういった状況は今後もあると思いますので、当社の現場には特別教育を受けた者を手配することになるでしょう。

<strong>村田氏</strong>
村田氏

当社の場合は、基本的にはTGLの操作はさせない方針です。とはいえ、それも状況によって変わってきます。実際に操作する資格は有しているので、現在でもドライバーの負担軽減のために、職長が中心となって作業を行うことがあります。

<strong>髙ノ氏</strong>
髙ノ氏

TGL操作を代行して、実際に問題が起きたケースはあるのでしょうか? 物損なども含めた責任の問題があるため、当社の場合はTGLを操作するのはドライバーもしくは社員のみで、協力会社にお願いすることのないようルール化していますが、実際の現場では他社から依頼されるケースがあるのかどうかが気になりました。

<strong>村田氏</strong>
村田氏

今の風潮もあるかもしれませんが、荷下ろしも含めた業務を請け負うことも多いので、現場に運送会社とわれわれしかいない状況もあります。その場合はTGLを操作せざるを得ません。幸いなことに、現時点では当社でTGL操作する際に重大事故を引き起こしたケースはありませんが、そういった不安が常に付きまとっていることは確かです。もし実際に事故が発生したらどう対処するか、最終的には「誰が責任を負うのか」という問題に行き着きます。

<strong>柿㟢氏</strong>
柿㟢氏

運送業のように、運ぶことによって報酬を得る業務を行う企業に対しては、今回の法改正は良いと思うのですが、一方で社内の荷物を自分たちで運ぶ際には適用してほしくないなというのが本音のところです。なぜなら、社内で法律にのっとり、より最適化されたルールをすでに運用しており、会社の責任で社員を守っているからです。

<strong>秋田氏</strong>
秋田氏

責任の話でいうと、荷を運ぶことで報酬を得る企業が責任を持つのは、シンプルで理解しやすくもあります。しかし私たちの会社は業務請負を行っており、どの範囲の仕事を引き受けているか、という点にも話が及びます。もし私たちの仕事がイベント全体の中の施工に関する部分だけだとすれば、荷物が施工現場に荷下ろしされるまでの間、私たちは作業をするべきではないのかもしれません。

 

ただ、各社がどこまでの業務を請け負っているのかが不明確な案件も少なくありません。何か問題が生じた場合には、責任を負う必要が出てきます。業務の範囲がはっきりしていれば、このような悩みを抱えることはないのではないかとさえ思います。しかし多くの会社が協力して作り上げるイベント業界においては難しい問題ですが。

<strong>奥野氏</strong>
奥野氏

秋田さんの話には99%同意できます。ただ、荷下ろしを全て他人に任せた場合、その作業が遅いと結局スケジュールが遅れることになり、私たちがイレギュラーな状況で作業する必要が出てきます。そうなると、別の事故が起こるリスクを無視できません。その点が、1%の懸念の部分です。

<strong>村田氏</strong>
村田氏

当社の展望もふまえた上で話をまとめると、そういった責任についても社内でしっかりと教育した上で、すべての業務を請け負っていく方向に進んでいくことに期待したいですね。

 

加えて、自社の安全は自社でつくっていくことが大切だということは感じます。さらには、クライアントに対しても、安全に関する注意喚起はしていきたいと考えています。

<strong>奥野氏</strong>
奥野氏

私たちは自発的にヘルメットの着用や安全靴の使用、職長訓練など、自分たちの安全を守るための対策を行ってきました。その結果、大きな事故がかなり減少したと感じています。この良い流れをさらに加速させることは当然のことですが、今回の法改正により、TGL特別教育を実施しなければならなくなりました。混乱はあるものの、この変更を前向きに捉え、事故をゼロにするという希望を持ち、業界がさらに前進することを期待しています。

 

日展協「展示会搬入搬出等安全ガイドライン」

日本展示会協会(日展協)が3月29日に策定した「展示会搬入搬出等安全ガイドライン」内で、テールゲートリフターの使用に関する言及がある。テールゲートリフターを使用し荷物の積み下ろしを行う際、以下の安全対策が挙げられている(一部抜粋、要約)。

  • 作業用トラックはサイドストッパーが取り付けられているものを極力使用すること。
  • 台車やかご台車は車輪ストッパーが付いたものを使用し、ついていない場合は輪留めの使用を徹底すること。
  • 昇降板が昇降中は作業者が支えることはせず、昇降板が地面に接地した状態でのみ人が荷を支えること。
  • 積み下ろし作業時はヘルメットの着用と作業エリアにカラーコーンを設置すること。
  • テールゲートリフター操作者は昇降板が地面に設置した状態で一時停止すること。
  • 荷物の積み下ろし作業者は、作業中に声がけを徹底すること。
  • 積み下ろしを行う場合は、人が支えないことを前提とした作業方法をとること。
  • 昇降板・ゲートストッパーの操作は特別教育を修了した者のみが行うこと。

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