[連載]展示会デザイナーはどうあるべきか。#7|SUPER PENGUIN・竹村 尚久

本記事は、展示会業界専門紙「見本市展示会通信」に掲載された連載をもとに、WEB掲載用に再構成したものです。

デザイナーの「独立」

前回は、社内に「スターデザイナー」を創出するという施策について触れた。しかし、それでもデザイナーの中には、やはり自分は独立をしてみたい、と密かに考えている人もいるのではないだろうか。そのような方のために、今回は「独立する」とはどのようなことか。現実的な視点でお伝えしておこう。今回は少し手厳しい話になるがご容赦いただきたい。

もちろん、独立するということも重要な「道」の1つではある。最近ではさまざまなメディアで「独立する」「起業する」ことについて触れられており、その言葉に感化されている人も中にはいるだろう。ただ、是非考慮に入れていただきたいのは「空間デザイナー」の独立・起業には、空間デザイナーという職種ならではの課題・特徴がある、という点だ。

〇「空間系デザイン事務所」独立上の課題

展示会デザインに限らず、建築設計やインテリアデザインの分野において独立し、自身の事務所を構えている人は数多くいる。しかし、その大多数が苦労しているのが「実績づくり」だ。空間デザイン業務は、仕事を得られなければ実績をつくることはできない。

つまり、空間系のデザイン事務所は「実績がなければ受注ができない。実績をつくろうにも受注ができない」という負のスパイラルに陥りがちだ。加えて、空間デザイン事務所として独立・起業しようとする人のほとんどは「経営」をしたいわけではなく、自身の「作品」をつくりたくて独立した人が多い。そうなると、営業をする、経営計画書を書く、など会社経営を行っていく上でのさまざまなノウハウに明るくない人が多くなってしまう。これが空間系デザイン事務所(設計事務所)として「起業」する上での大きな特徴であり、リスクといえる。

〇「独立」の2つの形

空間デザイン業界の独立には2つの形がある。1つ目は、設営会社、代理店の「外注先」になるタイプだ。今の展示会業界はこのタイプの独立がほとんどを占めている。特徴をいくつか述べてみよう。仕事の依頼元が設営会社や代理店の場合、クライアントは「設営会社・代理店」となる。つまり、自身では出展者に対して「こうしよう」と考えても、それが「クライアントである設営会社等」の意に反すれば、それは実現しない。

また、出展者から直接仕事を受けたわけではないので自身の「実績」にもしづらい。さらには、自身が高齢になってきた際に仕事の依頼が無くなる、もしくは減ってくる。その人でなければいけない、という明確な特徴がない限り、高齢でレスポンスも悪くなってくるであろう「高齢デザイナー」に敢えて頼む会社は少なくなってくるのが現実だ。

「外注デザイナー」型独立は、良いようでいて将来が危うい。仕事を安定してもらえるような印象があるが「自由」だからと、勤めていたときと同じような気持ちで動いていると、すぐに仕事がもらえなくなってしまうことだろう。力のない者、社会人としてきっちりとしていない者には、仕事はすぐに依頼されなくなる。安定して仕事が発注されるためには、あらゆる意味で、常に相手の期待を上回る130%の対応をすることが求められる。

そして独立・起業のもう1つの形は、出展者から直接依頼を受け、自身で対応・設計デザインを行い、設営を外部の設営会社に依頼する方法だ。この場合の難しい点は、自身で営業をしなければならないことだろう。会社として社会的信用もない中で、これは想像以上に難しいことといえる。

また、自身で直接出展者(クライアント)から仕事を得た場合、全ての責任を自身が持つことになる。このことも想像以上に大変なことだ。最終的な仕事の「結果」は全て自身に帰結するので、当然ながらクライアントの期待を上回る成果を出さなければいけない。このことは当然なのだが、一方で、粗相をしようものならクレームや発注費の減額もある。クレーム処理や、金額の回収。以前は社内の誰かがやってくれていたことを、独立後は全て自分が行わなければいけない。

独立した者にもっとも求められるのはなんだろうか。私がまず1つを挙げるとすると「自律」という言葉だろう。文字通り自分を律する、ということだ。独立すると「上司」がいなくなる。良く思えるかもしれないが、これはとても危険なことだ。怠けようとする自分と闘う。「もうこれでいいか」と思う自分と闘う。独立した上での最大の敵は自分自身なのだと感じている。

〇独立後の「3つの変化」

1.「時間」の概念が変わる

まず1つ目は、「時間」の概念の変化だ。勤めているときは、就業時間、土日休みという概念が当然だが存在する。しかし、独立すると、何時に起きてもいいし、何時に寝てもいい。ただし、依頼された仕事が終わらなければ、夜中だろうが休日だろうが仕事をしなければいけない。独立したてのデザイナーがついつい仕事を断り切れずに受けすぎて、寝る時間がないどころか、終わらせることさえできず、依頼された相手に迷惑をかける、というのはありがちな状況だ。当然「残業」という概念はない。依頼された仕事を完了できるかどうか。それも相手の想像以上の成果物を信頼されるクオリティーで作り上げられるかどうかが全てだ。

自由があるようでいて、ほとんどの人は受けている業務の締め切りに追われることとなる。独立をすると、残業という概念はなくなり、夜中や土日は「クライアントから連絡がこない、業務を進めるチャンス」という意識に変わる。これが1つめの変化だ。

2.会社の「看板」がなくなる

2つ目は、独立すると会社の看板がなくなる、という点だ。これは想像以上の痛手と考えておいた方がいい。本稿を読んでいる人の中には企業規模の大きな会社にいる方も多いだろう。そうすると「業者」や「メーカー」は一声かければ腰を低くして答えてくれる。ちょっとした値引きやサービスも頻繁だろう。しかし、一旦会社を離れて「看板」を失うと、そんな「業者」の人たちは、一斉に自分の方を向いてくれなくなる。「カタログを送って!」と気軽に言っても送られてこない。「ちょっと来て!」と言っても来てくれない。彼らは、仕事を(大量に)発注してくれる存在だからこそ、そうしてくれていたのであって、独立したその人が「そうでない」となると一斉に相手にしてくれなくなることだろう。それがビジネスの世界だ。独立した瞬間に、自分が会社の看板の下にいかに守られていた存在だったのかを思い知ることになる。

独立をすると、協力会社に対して「あの業者が・・」などと下の存在のように呼ぶことはしない。あまりにも失礼だからだ。彼らは、自分たちが仕事を取ってきてくれるから、と信じてついて来てくれる。信じて素晴らしい仕事をしてくれる。これを頭ごなしに「業者が」と言ったなら、誰も相手にしてくれないだろう。彼らは同じ仕事を助けてくれる「仲間」だ。だから、当社では、現場では設営会社の面々を出展者の方々に必ず紹介するようにしている。仲間として。

覚えておいてほしい。悪気のあるなしに関係なく「業者」として上から目線でふるまう人ほど、「業者」や「メーカー」の人達からは内心では信用されず、裏では軽く見られている。本当に信頼される人は、力になってくれる業者やメーカーの利益や立場をしっかりと守ってくれる人だ。そのような人には、独立後もついて来てくれることだろう。

3.「すべて」を自分でする必要がある

さて。3つ目の変化は、独立すると「全てのことを自身でしなければいけなくなる」点だ。これは文字通りの意味になる。例えば事務所のトイレ掃除やごみ捨て、各種書類の作成など、勤めていた企業の総務・経理担当者がやってくれていたものも含めて全て自分ですることになる。そして、それら「本来の業務以外の業務」に充てなければいけない時間は意外に多く、そして経営の根幹を左右するような重要なことでもある。「こんなことまで自分でしなければいけないのか」という思いは独立後に誰もが経験する気持ちだ。自身が作った会社の業績が上がり、事務を行ってくれるスタッフの方を雇い入れるまで、このことは続く。

この観点から、日頃、会社内での雑務をおろそかにしている人、雑な人は独立してもうまくいかないことが多い。書類の作成に細かくない人は見積書や契約書の作成が雑になる。そして、その結果としてクライアントに信頼されなくなる。事務所内のごみを捨てる、靴を揃える、落ちているごみを拾う、など。どんなに些細なこと、小さなことでもきっちりとやり遂げること。このことが独立した後に、経営を左右するほど重要な資質となる。

いかがだろうか。独立するということは、想像以上に厳しく、自身の人生を一旦リセットすることにも等しい。現在の会社でどんなに高い地位にいたとしても、一旦独立して会社の看板を失うと、最底辺にまで転落をする。仕事を得るために、以前の部下に対しても頭を下げてあいさつ回りをしなければいけないかもしれない。ここからも分かる通り、ただデザイナーをかっこいいものと考え、プライドばかり高い人間には間違いなく独立は向かない。元の部下にも頭を下げることができる。地道な営業活動ができる。事務作業やごみ捨てといった泥臭いこともできる。その上で、自身の会社を大きくしよう、とする野心と向上心、勉強力を持つ。このようなことを厭わない人でないと、独立することはできない。

独立に向く人、独立した方がいい人は確かにいる。しかし、それにはこのような現実があることを理解して動く必要がある。

私が思うに、独立に向く人は決して多くはない。楽そうに見えるが、そもそも今目の前の仕事を要領よくこなせない人が独立したところでうまくいくはずがない。独立した身から見れば、「残業代がどう」「上司がどう」というのはあまりにもカワイイ悩みだ。なぜなら、それでも「生きていける」から。独立する、ということは深刻なほどに、文字通り「生きていけるかどうか」を左右することになる。

かなり厳しいことを敢えてお伝えしたが、これらのことを踏まえた上で、自分はどのような人生をこの先送るのかを是非考えてもらいたい。

さて。次回から視点を一転させて、一般的な意味で展示会業界のデザイナーが日頃どのように動けばいいのか。その日常をテーマに話をお伝えしていこう。

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