数字に表れない価値をどう作るか ~山中湖畔で開催の夏フェス「ラブシャ」が重ねた20年[文京学院大学・トークイベントレポート]

(L→R)石田美佐緒氏 髙橋円香氏 吉田尚記氏

7月11日、文京学院大学(東京都文京区)は経営学部主催のトークイベントシリーズ「ビジネス×コンテンツ=未来をプロデュースせよ」の第3弾として「音楽フェス×経営学:人・空間・時間を編成するビジネスプロデュース」を開催した。登壇したのは、日本有数の夏フェス「SPACE SHOWER SWEET LOVE SHOWER」を総合プロデューサーとして育て上げた石田美佐緒氏(スペースシャワーネットワーク コーポレートエグゼクティブ)と経営学部准教授の髙橋円香氏(専門は財務会計・経営分析)。司会はアナウンサーの吉田尚記氏が務めた。動員数や売上だけでは見えないイベントビジネスの構造に経営学・会計学の視点から迫った。

  

山中湖移設という決断

写真提供:スペースシャワーネットワーク

「SPACE SHOWER SWEET LOVE SHOWER(ラブシャ)」を手掛けるスペースシャワーネットワークは、1989年に開局した音楽専門の放送局である。YouTubeもSNSもまだ存在しなかった時代、ミュージックビデオを見られる数少ない場所として、90年代を通じて若者文化への影響力を強めていった。

2006年まで会場であった日比谷野外音楽堂のキャパシティは3,000人ほどだったが、応募は2万人規模に達し、多くが抽選漏れとなる状況が続いていた。もっと多くの人に届けたい思いから、石田氏は1年をかけて新会場を探し歩き、富士山を望む山中湖畔に出会う。「日比谷は環境の良い場所だった。それに代わる場所で、さらに日本一の音楽コンテンツを作る会社として開催するなら、日本を代表する富士山が見える場所でやりたい思いもあった」と20年前を振り返る。

社内の反応は、後押しどころか反対の声が大半だった。「なぜ山中湖まで行くのか」「お客様が来ないのでは」という声が相次ぐ中、石田氏は「心が折れそうになったこともあった」としながらも諦めなかった。最初は現在の2割程度の集客規模で、スポンサーも思うようにつかなかったが、スペースシャワーTVの番組を通じて関係を築いてきたアーティストたちが出演を快諾してくれたことが、当時の推進力になったという。

  

「お客様やアーティストのためになっているのか」

石田氏によれば、潮目が変わったのは3年目、サザンオールスターズの桑田佳祐氏が出演したときだった。「いろんなところでニュースに取り上げられるようになった」という。

石田氏

その後、軌道に乗りながらも「やっと続けていいんだ」と思えたのは2012年なんです。6年目でようやく、来年も開催しようと思えるようになりました。

吉田氏

そのときには既に、経済効果を数字化できていたのですか?

石田氏

いえ、当時は開催そのものに精一杯で、まだそういった数字を持っていませんでした。ただ、収益の面では3年目から黒字化し、その後も右肩上がりだったので、反対される理由はなくなっていきました。それでも「コンテンツとして自信を持てるものか」「お客様やアーティストのためになっているのか」という自問自答は、数年間続いていました。

当時フェスのプロデューサーが男性中心だった業界構造も踏まえ、さらに石田氏は「今も、日本には大規模フェスの女性プロデューサーはほとんどいない」とした上で「当時は、女性がなかなかそういった立場に進みにくい空気がありました。だからこそ、何とか成功させたいという思いも、もう一つの理由としてありました。心が折れないよう、努めて前向きに続けてきました」と語った。

  

「正当性」がなければ、経済効果は生まれない

トークの中盤、吉田氏が投げかけたのが「レジティマシー(正当性)」という社会学的なキーワードだった。マックス・ウェーバーの議論を引き、フェスの継続性を支えているのは「正当性」ではないかと続けた。

吉田氏

「スペースシャワーがやっているフェスだから、ちゃんと行動をしなくては」と参加者が思ったり、あるいは「マナーが悪いと、贔屓のアーティストが出演しないかも」と気に掛けたり、人は自発的に律していく面がある。フェスをやる上で大切なのは、経済効果そのものより先に、この「正当性」なのではないでしょうか。それがないと、経済効果自体も生まれてこない気がするのですが、スペースシャワーさんとしてはどのように意識されていますか。

石田氏

スペースシャワーは音楽チャンネルなので、24時間365日、いつでも見ようと思えば見ることができます。年に1回のイベントだけで成り立っているのではなく、日頃からのアーティストとの関係性や信頼関係があってこそ、フェスが成立している。お客様にも、山中湖の皆様にも、出演者の皆様にも、その信頼を継続させることを常に念頭に置いています。

「正当性」の視点は、業界全体を見渡したときにも当てはまる。吉田氏によれば、2000年代初頭に日本各地で立ち上がった数多くのフェスのうち、現在まで続いているものは当時の半分以下だという。「人気アーティストを集めれば会場は埋まるだろう」という発想だけで始まったフェスの多くは長続きせず、ラブシャのように継続しているイベントには、積み上げられてきた伝統がある。伝統があるからコミュニティが生まれ、コミュニティがあるから継続する、という循環構造がある、というのが吉田氏の見解だ。

  

財務諸表に表れない価値

財務会計・経営分析を専門とする髙橋氏は、フェスが生む経済効果を「直接効果」「間接効果」「波及効果」の3段階で整理した。

●直接効果
フェス会場で直接生まれる経済効果。チケットやグッズ、飲食の売上など。

●間接効果
音響会社への発注や、現地で働くスタッフの人件費など、裏方の仕事を通じて生まれる経済効果。

●波及効果
開催地周辺の飲食・宿泊・土産物購入など、地域経済への広がり。動員数やチケット売上、配信数だけでは捉えきれない価値がここに含まれる。

  

吉田氏

髙橋准教授のスライドの中に「財務諸表に表れにくい価値」というものがありました。これはどういうことなのでしょうか。

髙橋氏

会計学や簿記の仕組み上、私たちが捉えられるのは実際にお金が動いた部分、すなわち経費や領収書のある取引に限られます。しかし、そこから生み出される価値そのものは、財務諸表には表れません。これはある意味、会計の限界でもあります。

  

●財務諸表に表れる価値
チケット売上、グッズ売上、利益、協賛金(スポンサー収入)

●財務諸表に表れにくい価値
ブランド価値、ファン・コミュニティ、SNSでの話題性・発信力、地域活性化への貢献、リピーター・継続参加

  

具体的な数字も示された。以前、ラブシャの経済効果を外部の研究機関が試算したところ、チケット代・物販の売上から山中湖周辺への波及効果までを含めて約80億円という結果になったという。その後も動員数は増加しており「今であれば100億円に近いか、超えている可能性がある」という。さらに「事前準備の段階で、服や雨具を買ったり、現地までの交通費・ガソリン代がかかったりと、見えていない消費がたくさんある」(石田氏)。山中湖村側で独自に経済効果を算出した際には、イベント本体の収益よりも、村側の経済的収益の方が数倍高い結果が出たとのエピソードも語られた。

人口5,000人ほどの山中湖村に、3日間で8万5,000人ほどが訪れる規模感を踏まえれば、その波及効果の大きさもうかがえる。初年度は「静かな村に人が集まってゴミだらけになるのでは」という懸念の声もあったというが、実際には音楽やアーティストに敬意を持った、礼儀正しい来場者ばかりだったことで理解が広がり、現在では地元も毎年の開催を楽しみにしているという。

運営面でも、山中湖と共同主催という形を取り、チケットをふるさと納税の返礼品にしたり、リストバンド着用者が地元の温泉・観光施設を割引価格で利用できる仕組みを作っている。アーティストの楽屋を飾る暖簾(のれん)は富士吉田市の織物工芸を使用し、クラフトビールや富士山の水も現地と組んで用意する。地元紙・地元ラジオとの連携も含め、地域全体を巻き込んだ設計がなされている。

経済効果の試算額(約80億円)は2019年時点の専門家による調査に基づくもの

  

次の世代へ

トーク終盤、吉田氏はイベント業界を志す学生に向けたメッセージを求めた。石田氏が挙げたのは、スキルよりも先にある気持ちの重要性だった。

「好きなものを自分の中に持っていて、それを実現しようとする気持ちがある人。新しいことに挑戦したいという人であれば、性別を問わず一緒に仕事をしたい。人への思いやりや音楽・スタッフへのリスペクトを持てる人であれば、現場でスキルは後からいくらでも身についていく」

髙橋氏も、文京学院大学経営学部が「経営学・マーケティングを学ぶだけでなく、実践的に現場に立って学ぶこと」を重視していると付け加えた。今回のイベント自体も学生スタッフが運営に関わっており、1年次から実践の機会があるという。

最後に石田氏は、AIによる効率化が進む時代だからこそ音楽・ライブ体験が持つ価値を強調し、「プロデューサーの仕事は、出演者を決めることだけではない。音楽やアーティスト、お客様、地域、スタッフ。それぞれが幸せになることを考えて全体をデザインし、文化を作っていくことだと考えている」と締めくくった。

写真提供:スペースシャワーネットワーク
編集/執筆/取材

展示会・MICEの最新情報を発信する専門メディア「イベスル」の公式編集部です。東京ビッグサイトをはじめとする見本市会場に足を運び、主催者や出展者への直接取材を通じた「一次情報」をお届けしています。ビジネスチャンスを創出する場としてのMICEの魅力を、現場の視点からレポートします。

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